この受験まで使える最強の記述問題集は、
※教科書は帝国書院の「中学生の歴史」を参考にしていますが、他の出版社の教科書にも使えます。
※問題集や定期テストの過去問題、入試問題などで見かけた記述問題を目いっぱい載せているので問題量が多いですが、授業の予習・復習で教科書を音読し、続けてこの記述問題集を読むとより理解が深まります。
※記述問題の答えを覚えるのは大変ですが、記述問題が答えられないと半分しか点が採れません。授業の予復習で日頃からこの記述問題集を音読して理解を深めておいて、テスト前には暗記するようにしましょう。また、しっかり理解していれば、自分の言葉で答えられるようにもなります。
※言い回しが違うだけで似たような問題が続くことがあります。それだけ出題回数が多かったことを表しています。
※学校で配布された問題集に同じ問題があればその答えを、授業で先生が説明していればその説明を優先してください。
中学・歴史<飛鳥時代>
Q. 蘇我氏が物部氏と何をめぐって対立していたか?
A. 仏教の導入をめぐって対立していた。
Q. 摂政とは?
A. 大王(天皇)が女性や幼少のときに政治を代わりに行う地位。
Q. 聖徳太子が、天皇ではなく摂政として政治を行った理由は?
A. 推古天皇が(初の)女性天皇だったから。
Q. 聖徳太子は、どんな国をつくろうとしたか?
A. 大王中心の中央集権国家をつくろうとした。
Q. 聖徳太子が目ざした政治について、「天皇、仏教、進んだ文化」の用語を使って説明しよう。
A. 中国の進んだ文化を取り入れ、仏教を奨励して、天皇を中心とする中央集権国家の建設をめざした。
Q. 聖徳太子が冠位十二階の制度を定めた目的は?
A. 家柄にとらわれず、有能な人を役人に用いるため。
Q. 十七条の憲法を定めた目的は?
A. 大王中心の国づくりをすすめ、役人の心得を示すため。
Q. 聖徳太子は、中国とのつきあいをどのようにしたいと考えていたか?
A. 中国と対等の立場でつきあいたいと考えていた。
Q. 聖徳太子が遣隋使を派遣した目的は?
A. 正式に国交を開き、隋の進んだ政治のしくみや文化を取り入れるため。
Q. 蘇我氏と聖徳太子が協力して行った政策とその内容を3つ書きなさい。
A.・冠位十二階の制度を設け、家柄にとらわれず、有能な人を役人に用いた。
・十七条の憲法を定め、大王の命令に従うことなど、役人の心得を示した。
・隋の進んだ政治のしくみや文化を取り入れるため、遣隋使を遣わせて正式な外交を目指した。
Q. 蘇我氏や聖徳太子が改革を行った理由を、中国との関係から説明せよ。
A. 隋が中国を統一し、従わなかった高句麗に軍隊を送るなど、東アジア諸国で緊張が高まったので、仏教や儒教の考え方を取り入れた大王中心の政治を整え、隋に認められる国づくりを目指したから。
Q. 飛鳥文化の特色を、「大和」「仏教」の語句を用いて説明せよ。
A. 大和の飛鳥を中心に栄えた、日本で初めての仏教文化。
Q. 聖徳太子はなぜ法隆寺を建てたか?
A. 仏教を広めるため。
Q. 法隆寺の仏像と、中国・竜門の仏像(5世紀)が似ているのはなぜか?
A. 遣隋使を派遣するなどして、中国から進んだ文化を取り入れていたから。
Q. 法隆寺の寺院の装飾と似た装飾が、中国・朝鮮・ギリシャにも見られる。そのことからどのようなことがわかるか?
A. 日本・中国・朝鮮・ギリシャには、交通路によるつながりがあった。
Q. 法隆寺が世界遺産に登録されている主な理由は?
A. 現存する世界最古の木造建築であるから。
Q. 天智天皇が行った主な政策を述べよ。
A.・九州地方の政治や防衛に当たる大宰府を設け、西日本の各地に山城を造った。
・初めて全国の戸籍を作った。
Q. 天智天皇は、税や兵士を集めやすくするためにどのようなことを行ったか?
A. 全国の戸籍をつくった。
Q. 戸籍をつくった目的は?
A. 税や兵士を集めやすくするため。
Q. 日本が白村江に軍を送った理由は?
A. 唐と新羅に攻められた百済を支援するため。
Q. 白村江の戦いに敗れた後、大和政権は北九州に石塁や水城、そして太宰府をおいた。その目的は?
A. 新羅や唐が攻めてくるのに備えて守りを固めるため。
Q. 壬申の乱の原因は何か?
A. 天智天皇の跡継ぎをめぐっておこった。
Q. 天武天皇が行った主な政策を述べよ。
A.・君主の称号を「大王」から「天皇」に改めた。(ただし、推古天皇から天皇という称号が使われたという説もある。)
・律令や歴史書をまとめるよう命じた。
Q. 遣唐使の目的は何か?
A. 唐の制度や文化を学んで国造りに生かすため。
Q. 律と令の意味は?
A. 律は刑罰のきまり、令は政治のきまり。
Q. 中央から国司を派遣したのはなぜか?
A. ・中央集権国家の確立を目指したから
・中央の政策が地方まできちんと行き渡るようにするため。
Q. 戸籍と大宝律令によって国のしくみはどのように変化したか?
A. それまでは地方の豪族がそれぞれの土地と人々を支配していたが、戸籍と大宝律令を定めたことで、天皇を頂点として全国を統一して支配するしくみ(中央集権)が整備された。
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